込山伸一
山梨県甲斐市玉川703-4 055-225-5207

略歴
1971年生まれ。高校卒業後、一般企業に勤めたのち、29歳で起業。30歳で自ら設計したマイホームを建て、32歳で市議会議員に初当選。以降、36歳でトップ当選を果たすも、38歳の県議選では敗北。43歳で取引先の倒産により5,800万円の負債を抱え、自宅も競売となる。47歳で一人息子と離別。
多くの挫折を経験する中でも「一生懸命」と「実践躬行」を信条に挑戦を続けてきた。2024年、人生の再出発として株式会社想像コミュニティを設立。「人と人を結び、次世代へつなぐ社会をつくる」ことを理念に、人生のお困りごとをワンストップで解決するサービスを展開している。
現在の仕事についた経緯
私は町営住宅で生まれ育ち、経済的に恵まれた環境ではありませんでしたが、中学・高校時代は生徒会長を務め、人と向き合う責任と喜びを学びました。社会人としてサラリーマン経験を積んだ後、29歳で起業。以来、建築事業や市議会議員として地域に貢献してきました。
しかし43歳のとき、元請け会社の自己破産で5,800万円の負債を背負い、自宅も競売、大切な一人息子とも離別。そんな波乱の中で「人と人の結びつきこそが希望の種である」と確信し、2024年に株式会社想像コミュニティを設立しました。人生のお困りごとをワンストップで解決し、次世代に夢をつなぐ社会づくりに挑戦しています。
仕事へのこだわり
私は「一生懸命」と「実践躬行」をモットーに、どんなときも諦めず挑戦し続ける姿勢を大切にしています。学生時代は新聞配達で1日が始まり、限られた環境の中で努力することで人の温かさや信頼の重みを学びました。社会人になってからも、常に「誰かの役に立つこと」を心に置き、29歳での起業、32歳での市議会議員初当選と、一歩ずつ道を切り拓いてきました。
しかし、43歳で取引先の倒産により5,800万円の負債を抱え、自宅も失い、大切な一人息子とも離別するという人生最大の苦難を経験しました。絶望の中で私が学んだのは「失敗は諦めたときに初めて失敗となる」ということです。諦めなければ挑戦は続き、必ず次の道が見えてきます。この信念は今の仕事のスタイルにも色濃く反映されています。
株式会社想像コミュニティでは、「おひとりおひとりの一生懸命をカタチにする」を理念に掲げ、お客様の抱える課題に正面から向き合い、決して「NO」と言わず、誠実かつ迅速に対応しています。単なるサービス提供に留まらず、経営支援・障がい者支援・不動産活用・学習教室・イベント企画まで幅広い分野で、人生のあらゆる「お困りごと」をワンストップで解決しています。
さらに、平日毎朝7時半から幹線道路での辻立ちを21年間続け、登校する子どもたちにハイタッチをしながら「おはよう」と声をかけています。この活動は、未来を担う子どもたちに夢を描く心を持ち続けてほしいという想いからです。
私にとって仕事とは、単なる利益追求ではなく、人と人が心でつながることで、次世代に結び付くような価値を生み出す場です。そのためにも「諦めず挑戦し続ける背中」を見せることが、私の最大のこだわりです。
若者へのメッセージ
皆さんに伝えたいのは、「失敗を恐れず挑戦してほしい」ということです。私自身、これまでの人生で何度も壁にぶつかり、時には全てを失ったこともありました。しかし、そのたびに痛感したのは、諦めなければ必ず次の道はひらけるということです。失敗は挑戦した人だけが経験できる宝物であり、そこからしか本当の成長は得られません。
人生には「運」と「縁」があります。しかし、そこに「気づき」がなければ何も生まれません。そのためには、日ごろから周りの人に気を配り、心を寄せることが大切です。小さな気づきの積み重ねが、人との信頼や新たな可能性を育てていきます。
どんなに小さな一歩でも構いません。やりたいことがあるなら、迷わず一歩踏み出してください。その一歩が未来を変えます。夢を描き、挑戦し続けるあなたを、心から応援しています。